|

いつの時代でも、人がそれぞれ異なった顔を持ち、違った性質を持っている限り、すべての人が同じように幸福になることはありません。社会の制度が良くなっても病気の苦しみや、心の悩みをなくすことはできないのです。
人が幸福になるためにはどうしても間違った自分の考え方や行動を正すことが必要になります。
広い意味での信仰とは、幸福になるために自分の心を正しくするための行いを意味します。
狭い意味での信仰とは拝む対象を持った信仰を意味しますが、神仏を拝む信仰も、根本の目的は自分の心や行動を正しくするためにあります。完全な存在の神仏を拝むことで自分の心を見つめ、間違いを正すきっかけを持ちやすいからです。
人間は誰一人として神や仏のように完全無欠な人はいません。誰でも欠点があり、考えの誤りが必ずあります。そうした欠点や誤りを正して自分らしく幸福に生きるために誰にも信仰が必要なのです。
|